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本州縦断&四端踏破サイクリング【仙台~東京~名古屋編①】 東北最後の旅『宮城県仙台市~福島県いわき市』へ

本州縦断&四端踏破
05 /05 2019
さて、もうゴールデンウィークも終盤ですね。
皆様いかがお過ごしでしたでしょうか?

ちなみに私は昨年以来の本州縦断&四端踏破のビックサイクリングの続きを行ってきました。

そんな今回の冒険は、次の最南端の出発点『名古屋市』までの移動がメインの旅ですが

『宮城県仙台市』から始まって、太平洋側を南下しつつ移動し、
『福島県』、『茨城県』、『千葉県』、そして『東京都』へと向かう東北から関東への縦断の後に
10連休を利用して、
一気に『東京』から『神奈川』、『静岡』、そして『愛知県名古屋市』までを走り抜けるといった6日間に及ぶ壮大な道のりです。

距離は800キロちょっとと、さほどでは無いのですが、
福島県の被災地や、関東や愛知の都市群、箱根越えといった数々の難所が待ち構え、
丁度【平成】から【令和】への移り変わりの記念すべきその日に【東京】の地を踏んだ記念すべき旅路となりました。

それでは前置きが長くなりましたが。。。



まずは初日4月27日(土)と、28日(日)のルート。

初日は仙台で宿を取り、翌日早朝よりのスタートが理想的だったのですが、
仙台は半年前からでも安い宿が取れなかったため、10数キロ先の名取市まで移動して
翌日海岸線にほど近い県道10号、38号、74号、260号、391号などを通過して、いわき市へ・・・

といった予定でしたがさてその道のりは・・・
まずは『宮城県仙台市~福島県いわき市』への旅路のスタートです。


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【4月27日 17時】
鈍行と特急を乗りついで、再び仙台の地へと降り立ちます。
連休初日の今日は、多くの人が駅構内を出入りしていました。


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広瀬川より眺める夕暮れ近い、仙台の街並み。
3年連続仙台へ来ることになるとは思わなかったですが、これでもうしばらくこの地を訪れることもないでしょう。

名残を惜しみつつ、仙台市街を後にします。


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その後、30分ほどで名取市に入ったのち。。。


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この日の宿へ到着。
真新しくきれいな、震災の作業員宿舎を改修した東北ならではのホテルに泊まるのも今日が最後です。

ゆっくり休んで明日への道のりに備えたのでした。


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【4月28日 7時】
快晴の朝
次の目的地である福島県いわき市を目指して走り出します。

昨日は雨上がりで肌寒さが感じられた仙台でしたが、今日は日に当たれば暖かく
快適なサイクリングが楽しめました。


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まずは国道6号から、仙台空港方面へ移動し、県道10号、38号を目指します。


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空港へと向かう、真新しい道路には、他の東北の地で幾度も見られたかつての震災の浸水被害を示す標識が。
こんなところまで・・・


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しかし、空港関連施設が多く集まる広大な芝地には、美しい公園も整備され、真新しいその姿は朝日に照らさせて光り輝いていました。

なんて綺麗な光景・・・
昨年より、青森からここ宮城県までを走り続けてきましたが、東北の旅路は広くダイナミックな美しい自然の中を走り続けることが
できる素晴らしい道のりです。


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そして、阿武隈川を渡り、亘理町へ(笑)


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亘理町へ入ると仙台付近とは雰囲気が変わり始め、周囲はいまだ復興途中の様相を見せ始めます。
この広大な荒野はかつては農地か、住宅地だったのか・・・


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そして、この先太平洋側の海岸線のいたるところで見られ始めるのがこの人工のピラミッドである避難丘です。
なんというか、堤防、道路その他もろもろに加えて、ここまでするか?という気がしないでもありません。


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標高9mの避難丘はスロープが設けられており自転車でも簡単に上ることができ、頂上のベンチには防災毛布が収納されていました。


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しかし、この避難丘からの眺めは圧巻です。
広大な平野が遥か彼方まで広がっています。

不謹慎なのだけれども、これは本当に美しい光景だよなぁ・・・


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避難丘を降りれば、県道沿いのお寺の壁にも津波到達位置を示す標識が。

つまり、この辺りに有った家々の全てに、あの位置まで海が押し寄せてきたということですか・・・
恐ろしいことです。


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そしてお寺といえば印象的だったのが
周囲は荒野のままなのですが、お寺はおそらくは元の場所に再び作り直されている途中のものが多くありました。

かつて、あれらのお寺たちは、集落の真ん中に存在していたのでしょうね・・・
今は、何もない荒れ地と、真新しいお墓の数々がお寺とともに佇んでいます。

いつの日か、ここに村が戻るときが来るのでしょうか?


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そして震災の遺構
山元町立中浜小学校跡

かつて、多くの子供たちがこの小学校で津波の直撃から一夜を明かしたのかと思うと・・・


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すざましい破壊。
鉄筋コンクリートの学校というものは、やはり丈夫なものなのだと、あたり一面の平野を見ながら改めて実感します。


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【9時】
ついに、この旅路の一つの区切り
東北太平洋側最後の県、『福島県』へやってきました。


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こちらも到る所で復興途中の工事作業と、大きな防災緑地などが多く見られたのが印象的でした。

そして入ってすぐに目に入る火力発電所。
福島からこの先、静岡の太平洋側の至る所に発電所が存在しています。

風力、太陽光、火力、そして原発といった発電所銀座。
広い土地があって、人口密集地に近いからしょうがないのでしょうけど、どうなのかな。


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海岸沿いはあちこちで工事中。


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そして相馬市に入ったのち、松川浦を目指して立派な松川浦大橋を渡り・・・


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人口と自然の堤防に挟まれた、変わった道を抜けると。


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日本百景、松川浦にたどり着きました。

内海であり、波が穏やかでまるで湖のよう。


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何かの養殖のためなのか、かなり奥まで入っていける通路が作られており、先端まで進んでみます。
ああ~すごい解放感。


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そして道路へ戻り、次は鵜ノ尾埼の岬の中を散策。
岬の中には、展望台を始め、神社、海洋調査船「へりおす号」の慰霊碑や灯台などもあり楽しめます。


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とりあえずは鵜ノ尾埼灯台。

展望台にも行ってみたのですが、木々が茂ってあまり良い展望がありませんでした。


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そして一風変わった石製の滑り台跡。
かつて村の有志で作成し、100mもの長さで訪れた観光客たちを喜ばせたのだそうな。


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そして松川浦。
晴天も相まって、青い海と真新しいコンクリートが織りなす光景は感動的でした。


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さて、かなりモタモタしたのち旅路を再開します。

新しく作り直された道はきれいで、両サイドに海を眺めながら潮風を浴びて走ることができるといった、
これまで走った道のりでも最高ランクに気持ちの良いひと時でした。


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その後は、更に市街地から離れるにしたがって景色は穏やかなものへと変化していきます。
なんだか本当に自然に帰って行ってる感じ。


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奇跡の松になり損ねた木々たち。
しかし美しい。


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【12時】
そして未だ帰還困難区域が多く残る、『浪江町』へ入りました。


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この町の海岸線の光景は、これまでのものとは少し異なり、震災後から時間が止まったような景色が広がります。
白い壁の向こうには、大量に集められた廃棄物の黒い塊が積み上げられています。


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当時のままと思われるガードレール。


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そして浪江町立請戸小学校跡

震災遺構として整備が検討されているようですが、今は敷地は資材置き場のようになっており、人気もなく悲しいまでに静かな佇まいです。


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津波の跡が色濃く残る正門付近。
時計の針が止まったままなのが実に物悲しい。。。

かつてこのあたりに子供たちの声が響き渡っていたのでしょう。


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学校を後にして振り返れば、空恐ろしくなるほどの平原。
かつてこの辺りには、あの小学校へ通う人々の集落があったということです。
姿形がしっかり残る鉄筋コンクリートの校舎が、かえって周囲とのギャップを感じさせます。


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その後、帰還困難区域のため立ち入り禁止の看板を横目に、迂回すればいいのだろうと何の気なしに行けるところまで進んだまでは良かったのですが・・・


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その先は、いまだ手つかずの被害住宅などがいくつも残る、まさに爪痕が多く残された復興作業真っ只中の地域だったのでした。


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そして舗装もされていない工事区域内を恐る恐る先へ進んだその先には・・・


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立ち入り禁止の看板が。
まずい、嫌な予感がしてきた・・・


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その後、付近の道を次々に回りますが、浪江町から抜ける道はすべて封鎖されておりこれ以上は先へ進めない状態となってしまいました。

まずいな。。。
そういえば帰還困難区域のことを完全に忘れていた。


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止むを得ず、一旦引き返しつつ国道6号との交点へとたどり着いたその先は
なんと二輪車、自転車は通行不可の看板。

要するに剥き身をさらして走らないとならない乗り物は通行できないってことか・・・

その後もしばらくあちこちをウロウロしますが
県道35号、253号、国道114号全ての幹線道路は封鎖されており、自走でいわき市へ向かうためには、いったん南相馬市まで引き換えし、峠越えを含んで、大きく内陸部へ迂回する150キロ近い遠回りの道のりとなることが判明しました・・・

しまった・・・
いつかの時点まで確かに通行制限の事は頭にあったのに、すっかり忘れてここまで来てしまった。
まずいな・・・


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【13時半】
途方に暮れてとりあえず浪江駅にやってきます。

さすがに今から150キロもの迂回は出来ない。
となると輪行するしかないんですが、2019年現在浪江町からいわき市方面への電車は不通となっており・・・


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輪行袋にしまって、あの臨時バスに乗せてもらい、帰還困難区域を抜ける富岡駅まで行くしかありません。

しかし、次の出発は16時半!!
およそ3時間後。。。

なんだかなぁ・・・
昼前に一本出たら、次は16時半って・・・
田舎は厳しい。
時間まで何してよう(泣)

浪江町の数少ない飲食店は全て営業時間前でしたが、
幸い駅前には真新しいカフェがオープンしており、そこで食事やスマホゲーム、そして昼寝をしつつ時間をつぶしたのでした・・・


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【17時】
無事に帰還困難区域をバスで通過した直後の駅、富岡駅に降り立ち再スタートを切ります。

ここからいわき市まで50キロ。
到着は暗くなってからか・・・
のんびり明るいうちに宿に入る予定だったのですがうまくいかないものです。


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遅れついでに駅そばの、これまた真新しいお土産や兼、食堂で腹ごしらえをしていきます。
途中で腹が減ってもめんどくさいですしね。


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浜鳥ラーメン。
海苔と鶏肉が意外に美味しい・・・
そして日も暮れだして、ひんやりと肌寒くなってきましたので、温かいものがうれしいですね。


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その後はただひたすらに国道6号を突き進みます。
もう途中寄り道をする時間も気力も無し。


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しかしながら、広野町で火力発電所の立派な煙突を発見して足を止めます。

なんというか、この立派な街のインフラを維持するためにも、
この地域から発電所は切っても切れない間柄になってしまってるんだろうなぁ・・・


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すっかり辺りが暗くなった頃、ようやくいわき市街地へたどり着きました。
テレビ塔のアンテナが遠くからも輝いて目印となっていました。


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【19時半】
仙台より、27日12キロ、28日173キロと、185キロの道のりを終えていわき市にたどり着きました。

最後の東北の地を訪れた二日間。
震災の傷跡を残しながらも、美しい景色が広がる東北ならではの道のりを満喫することができました。

大事なところで今回の旅の計画の甘さが露呈して、自走不可となる大失態となりましたが
反面このスケジュールで、完全自走を果たすためには、最初から浪江町方面を迂回するコースを組むほかなく、
その際は仙台から福島県方面の、現在の姿をこの目に焼き付ける機会は、得られなかったはずで、まあ結果オーライですね。

次は福島県いわき市から、茨城県土浦市を経て、東京都への道のりの記録です。

【平成】最後の日、そして【令和】最初の日を東京で迎える一大イベントです。


それでは今回はこのへんで。
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